DX担当役員が探している「右腕」の正体、AI導入が進むほど需要が高まる“前提を扱う力”

DX担当役員が探している「右腕」の正体、AI導入が進むほど需要が高まる“前提を扱う力”
Photo by Craig Whitehead / Unsplash

要約

DX担当役員が本当に必要としているのは、「AIに詳しい人材」そのものではなく、事業・業務・技術・組織を横断して 意思決定の前工程(Input)と、運用・実装の設計(Process)を一体で扱える“右腕”というケイパビリティです。生成AIやRAGの導入が進むほど、従来、暗黙のうちに中間管理職や現場リーダーが担ってきた「翻訳」と「構造化」の役割が浮き彫りになり、その空白がDX担当役員に集中します。本稿では、レイヤーを「組織」に限定し、右腕不在がどのように生じるのかを問題設定し、Input/Process/Outputやバリューチェーンの観点から右腕の本質を構造的に整理したうえで、実務としての採用・育成・役割設計にどのような示唆があるのかを論じます。


はじめに:DX担当役員の負荷はなぜ軽くならないのか

私は日々、DX担当役員、IT・デジタル部門の責任者、事業部長、そしてAI推進を担うリーダーの方々とお話をさせていただいています。そうした対話の中で繰り返し聞かれるのが、次のような声です。

「AI人材も採用した、PoCも進んでいる。それなのに、自分の仕事量はむしろ増えている気がする。」

「メンバーはいるが、“自分の右腕”と呼べるほど、変革を前に進めてくれる人がいない。」

そして、役員の方の右腕のポジションを採用しようとするとき、必ずと言っていいほど口にされるのは、「AIやツールに詳しいことより、結局、自分の頭の中を一緒に整理してくれる人が欲しい」という一言です。

ここで言う「右腕」とは、単に資料作成や会議調整を代行する存在ではありません。DX担当役員の頭の中にある方針と制約条件を理解しながら、業務フローやデータ構造に落とし込み、AIやシステム導入のプロジェクトに変換し、導入後の運用まで含めて責任を持てる人材を指しています。

実務の現場では、この役割がうまく定義されていないまま、
・「AIに詳しい人」
・「コンサル出身で企画が書ける人」
・「PM経験のある人」
といった断片的な要件に分解され、結果として、DX担当役員が期待していた「右腕像」と、採用された人材の実像との間にギャップが生じがちです。

本稿では、このギャップを「個人の力量不足」として扱うのではなく、組織レイヤーの構造の問題として捉え直します。そのうえで、DX担当役員が本当に求めている右腕とは何者なのかを構造的に整理し、採用・育成・役割設計の実務にどのように反映しうるかを検討します。


問題設定:なぜ「人はいるのに右腕がいない」のか

DX担当役員の周りには、すでに多くの「関係者」が存在します。情報システム部門、デジタル推進室、事業部側の企画担当、外部のSIerやコンサルティングファーム、最近ではAIスタートアップやRAG製品のベンダーも加わります。それにもかかわらず、「右腕がいない」という感覚が生じるのはなぜでしょうか。

第一の要因は、仕事の“翻訳レイヤー”が組織設計上定義されていないことです。DXやAI導入の議論は、事業側・現場側・IT側・ベンダー側で、それぞれ異なる粒度と言語で語られます。現場は業務手順で語り、ITはシステム構成で語り、ベンダーはプロダクトとロードマップで語り、役員は投資とリスクと時間軸で語る。この間を行き来し、意味を揃え、判断可能な単位に変換する仕事は、本来「役割」として明示されるべきですが、多くの組織では、歴史的に中間管理職や一部の優秀な個人に暗黙裏に依存してきました。

第二の要因は、AI人材採用と右腕採用の要件が混同されていることです。実務の採用現場では、「AIに関する知識・経験」を条件として掲げる求人票が増えています。しかし、DX担当役員が本音の部分で求めているのは、「モデルのチューニングができる人」ではなく、「事業・業務の構造を理解し、AIやシステムをどこにどう組み込むかを設計できる人」です。現実には、IT専門家ではないものの、DXやAI変革に強い関心を持つMBA人材や、事業企画・コンサル出身者が右腕候補として採用されるケースも少なくありません。その一方で、組織側がこの「構造設計」を明示的な期待値として言語化できていないがゆえに、双方の認識がずれたままオンボーディングが進んでしまうことも多く見られます。

第三の要因は、AI・RAG導入によって、役員自身の仕事の構造が“足し算”で複雑になっていることです。生成AIやRAGは、個別の業務におけるProcess(手続き・変換)を軽くしますが、その前提となるInput(前提条件・データ構造・権限)と、導入後のOutput(運用責任・リスク管理・組織変更)の設計は、むしろ重くなります。結果として、DX担当役員は、
・投資判断者
・AI/ITプロジェクトの最終責任者
・業務変更の承認者
・組織再設計の決裁者
という複数の役割を同時に背負うことになります。ここに「翻訳と設計」を代替できる右腕がいないと、意思決定と実務の両方が役員に集中し、ボトルネック化します。

以上の三点を踏まえると、「右腕不在」とは、
・個別の人材の能力問題
ではなく、
・組織として “翻訳レイヤー”と“設計レイヤー”を誰が担うのかを定義していない
ことに起因する構造的な問題だと位置づけられます。


構造分析:右腕とは何者か──Input/Process/Outputで捉える

では、DX担当役員が求める「右腕」とは、具体的にどのような機能を持つ存在なのでしょうか。本章では、Input/Process/Outputのフレームを用いながら、その本質を整理します。本稿が扱うレイヤーはあくまで「組織」であり、特定個人の優秀さを称揚することが目的ではありません。

1. 役員の仕事を分解する:Input/Process/Outputの三層

DX担当役員の仕事は多岐にわたりますが、その構造は次のように整理できます。

  • Input:
    各事業からの要望、既存システム・データの制約、外部環境(市場・規制・競合)、社内の政治状況、人材ポートフォリオなど、前提条件となる情報の収集と解釈。
  • Process:
    投資テーマの選定、優先順位付け、プロジェクト群のポートフォリオ設計、RAGやAIエージェントの位置づけの決定、リスクとリターンのトレードオフの整理。
  • Output:
    個別の投資判断、組織構造や権限委譲の決定、KPI・ガバナンスの枠組み設計、社内へのメッセージ発信。

このうち、右腕が主に補完すべきは、Input と Process の領域です。すなわち、前提条件を構造化し、意思決定フローを設計する機能です。Output(最終決定と責任)は役員の仕事であり続けますが、その前工程が整っているかどうかで、判断の質とスピードは大きく変わります。

2. 右腕の中核機能①:Inputの「翻訳」と「粒度調整」

右腕は、役員に代わって、異なるレイヤーのInputを翻訳する役割を担います。具体的には、

  • 現場の業務フローを、AIやシステム設計の単位に分解する
  • ベンダーの技術的説明を、事業・財務の言語に変換する
  • 経営方針やリスク許容度を、プロジェクトの評価軸として定義し直す

といった機能です。

ここでは、バリューチェーンの視点が有効です。営業、サービス提供、バックオフィス、ITインフラなど、各活動で発生するデータや業務イベントを、「どの活動のInputとして扱うべきか」という観点で位置づけ直す必要があります。右腕は、単に「どの業務が大変か」を把握するのではなく、どの活動のどのInputが、RAGやAIエージェントの導入によって構造的に改善し得るかを見極める役割を担います。

3. 右腕の中核機能②:Processの「設計」と「責任分界」

RAGやAIエージェントの導入は、Processを「人が実行する作業」から「環境として機能する仕組み」に置き換える行為です。しかし、その結果として必要になるのが、
・例外処理の設計
・精度劣化の検知と対応ルール
・データ更新やナレッジ整備の責任分界
・変更管理プロセス
といった、新しいProcessレイヤーです。

右腕は、これらを業務フローと組織構造の両方から設計します。ここで重要になるのが、固定費/変動費の視点です。AIやRAGの基盤はクラウド費用として変動費に見えつつも、実態としては「固定的な運用前提」を組織に埋め込む行為でもあります。右腕は、
・どの業務を人件費(固定費)としてどこまで残すのか
・どの業務をAI基盤(実質的な準固定費)として支えるのか
・その配分変更が、組織のケイパビリティにどのような影響を与えるのか
を設計しなければなりません。

4. 右腕の中核機能③:Outputに至る「意思決定プロセス」の設計

最後に、右腕は役員のOutputそのものを代替するわけではありません。しかし、Outputに至るまでの意思決定プロセスを設計することはできます。

具体的には、

  • どの案件を、どの粒度と頻度でレビューするのか
  • どの指標を揃えれば、複数の投資テーマを比較できるのか
  • どこから先は役員の判断にエスカレーションし、どこまでは右腕が決定してよいのか

といった「判断のフロー」を構造化します。これは、Input/Processに対する “意思決定のインターフェース設計” と言い換えることもできます。

こうした役割を総合すると、DX担当役員の右腕とは、
「業務構造 × データ構造 × 技術構造 × 組織構造」を横断し、意思決定の前工程を設計する中間レイヤーだと定義できます。MBA人材や事業企画出身者が右腕として機能しうるのは、技術の細部そのものではなく、この「構造の設計と翻訳」に長けているからだと解釈できます。


実務的示唆:右腕を採用・機能させるための条件

最後に、こうした右腕を実務として採用・育成し、組織の中で機能させるための示唆を整理します。

1. 求めるべきは「専門スキルの和」ではなく「構造を扱うケイパビリティ」

右腕の採用要件を検討する際、「AIスキル」「データ分析経験」「SIerやコンサルでのプロジェクト経験」など、個別のスキルに焦点を当てた要件定義を行いがちです。しかし、本稿で整理した通り、右腕の本質は 構造を扱うケイパビリティ にあります。

面談やアセスメントでは、次のような観点が有効です。

  • 業務フローや組織構造を、自分の言葉で図解しながら説明できるか
  • 過去のプロジェクトの失敗要因を「個人」ではなく「構造」として説明できるか
  • 技術的な制約と事業上の制約を、同じ土俵で比較する思考ができるか
  • 「結局、何をどう決める必要があったのか」を後から言語化できているか

AIの知識はもちろん有用ですが、それ自体は学習可能です。むしろ、「構造を見抜き、翻訳し、意思決定のための材料を組み立てる力」があるかどうかが、右腕として機能するかどうかの分水嶺になります。

2. JD(職務記述書)の書き方を見直す

右腕ポジションのJDは、「やるべきこと」ではなく、「担うべき役割」と「責任を持つ構造」を軸に記述する必要があります。

例えば、
・「RAG導入プロジェクトの推進」
と書くのではなく、
・「主要事業の業務フローとデータ構造を棚卸しし、RAGを含むAI基盤の適用領域を定義する」
・「AI導入後の運用・例外処理・変更管理プロセスを設計し、関係部門と合意形成する」
といった表現に置き換えるだけでも、期待する役割像は大きく変わります。

また、「DX推進」「右腕」といった抽象的な言葉のみに頼るのではなく、
・Inputの構造化
・Processの設計
・意思決定プロセスの整理
という要素を明示的に記載することで、候補者側も自らの経験との接続可能性を判断しやすくなります。

3. 着任後90日で取り組むべき「三つの棚卸し」

右腕が組織の中で機能するかどうかは、最初の90日で大きく決まります。この期間に取り組むべきは、次の三つの棚卸しです。

1つ目は、業務フローとデータ構造の棚卸しです。主要事業の価値提供プロセスをバリューチェーンとして整理し、それぞれの活動でどのようなInputが生まれ、どのようなProcessを経て、どのようなOutputに至っているのかを可視化します。

2つ目は、既存のDX・AIプロジェクト群の棚卸しです。個々の案件を「どのInput/Process/Outputに影響を与えているのか」という観点で再分類し、重複領域や空白領域を洗い出します。RAG導入が複数部門で進んでいる場合には、ナレッジ構造や運用責任の分散状況も含めて確認する必要があります。

3つ目は、意思決定プロセスの棚卸しです。どのレベルの意思決定が、どの会議体で、どの頻度で、どのような材料に基づいて行われているのかを明らかにします。そのうえで、どの意思決定は右腕が準備すべきか、どこから先は役員にエスカレーションすべきか、といった役割分担を具体的に合意していきます。

これら三つを通じて、右腕は「構造を理解している人」として組織から認知され始めます。この認知がないままにプロジェクトだけを任せられると、右腕は単なる“便利なPM”に矮小化されてしまい、役員と組織の双方にとって期待値とのギャップが大きくなります。

4. 役員自身の課題:委譲と境界の設計

右腕を採用しても機能しないケースでは、DX担当役員側の課題として、委譲と境界の設計が曖昧なままになっていることが少なくありません。

右腕にどこまでの判断を任せるのか。
どの領域はあくまで役員自身の最終判断とするのか。
ベンダーや事業部との交渉・調整を、どのラインから右腕に託すのか。

こうした境界が暗黙のままだと、右腕は「踏み込んでよい範囲」を測りかね、結局、役員に確認を取り続ける存在になってしまいます。結果として、役員の負荷は軽減されず、「右腕が思ったほど機能しない」という評価につながります。

右腕を採用するということは、「仕事の構造の一部を他者に預ける」ことでもあります。役員自身が、自らのInput/Process/Outputのどこを委譲し、どこを握り続けるのかを意識的に設計することが、右腕を活かす前提条件になります。


おわりに:AI時代のDXは「構造を扱う人」を中心に組み直される

生成AIやRAGといった技術は今後も進化し続けますが、DX担当役員の現実の悩みは、「どのモデルを使うか」という話よりも、「誰がこの構造を最後まで持ち切るのか」という点にあります。

本稿では、レイヤーを「組織」に限定し、DX担当役員が本当に求めている右腕とは何かを、Input/Process/Outputやバリューチェーン、固定費/変動費といったフレームを用いて整理しました。右腕とは、AIやRAGの専門家そのものではなく、技術と業務と組織の間に生じる“翻訳と設計の空白”を埋める存在だと位置づけられます。

人材市場では、ITの専門家でもなく、従来型の企画担当とも異なる、この「構造を扱う人材」がゆるやかに求められ始めています。DXやAI変革に関わるプロフェッショナルとしては、自身のキャリアを「職種名」ではなく、「どの構造をどこまで扱えるか」という観点から見直す必要があるでしょう。

一方、企業側にとっては、「AI人材」「DX人材」という抽象的なラベルより前に、組織としてどのレイヤーにどのような“翻訳装置”を配置するのかを設計することが、今後の競争力を左右します。右腕の必要性を感じているDX担当役員であればこそ、その役割を構造として言語化し、採用と育成に反映していくことが求められていると言えます。

本稿が、自社のDX推進体制や右腕ポジションの設計を見直す際の、一つの思考の足場になれば幸いです。

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