AIは職種を奪わない、変わるのは仕事の構造である

AIは職種を奪わない、変わるのは仕事の構造である
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要約

AIが直接的に変えるのは「職種」ではなく、あらゆる仕事の内側に存在する Input(状況把握・意図理解)/Process(手続き・変換)/Output(意思決定・合意形成・責任) の配分です。結果として、同じ職種名であっても仕事の中身は大きく書き換わり、個人のキャリアポートフォリオと、企業の人件費構造・組織設計の両方に影響が及びます。本稿では、その前提となる「仕事の構造」を整理し、個人と企業それぞれの実務にとってどのような示唆があるのかを整理します。


はじめに:AIは「職種」ではなく「仕事の構造」を変える

AIは「どの職種が消えるか」ではなく、「仕事の構造がどう変わるか」を問う局面に来ています。ChatGPTをはじめとする生成AIの普及以降、「営業は残るのか」「経理は何割削減されるのか」といった議論が繰り返されていますが、実務の意思決定に資する精度を持っているとは言い難い場面も多いのではないでしょうか。最大の理由は、職種という単位があまりに粗く、本来検討すべき「仕事の中身」を十分に表していないからです。

営業、経理、人事、コンサルタント、プロジェクトマネージャー。いずれも単一の性質を持つ業務ではなく、性質の異なる細かな作業が束ねられた集合体です。AIが直接的に代替しうるのは「職種名」ではなく、「作業の性質」に紐づいた一部の機能にすぎません。

本稿では、職種というラベルからいったん距離を置き、仕事をより細かな三つの機能、すなわち Input(状況把握・意図理解)、Process(手続き・変換)、Output(判断・合意形成・責任)に分解して捉え直します。そのうえで、AIがどの領域を浸食し、どの領域を補完し、どの領域を人に残すのかを構造的に整理します。

これは、個人が自身のキャリアを検討する際にも、企業が組織設計や人員配置を見直す際にも、今後数年間で重要性を増す視点だと考えます。本稿では、「職種」ではなく「仕事の構造」に焦点を当てる見方を提示したいと思います。


AI論争が噛み合わない理由──「職種」で議論する限界

AI導入の検討会議では、「営業はなくならない」「経理は大幅に効率化できる」といった、職種単位の議論が交わされることが少なくありません。しかし、現場感覚を持つマネジメントほど、この種の議論に違和感を覚えるのではないでしょうか。その違和感は、主に次の三つの構造的な理由に起因します。

第一に、職種は「機能の混合体」であり、均質性がありません。例えば営業職を考えると、顧客の状況を聞き取り、課題を解釈する Input や、社内外の関係者との調整・クロージングといった Output に加え、日程調整、案件のステータス入力、提案書のたたき台作成など、多くの Process 作業が混在しています。経理も同様に、請求書処理や仕訳などの定型的な Process に加え、経営陣に数値の背景を説明し、意思決定を支える Output の要素を持つ場合があります。「営業」「経理」というラベルからは、この内訳は見えてきません。

第二に、職種名称は組織によって意味が大きく異なります。「事業企画」と呼ばれるポジションが、ある企業では資料作成やデータ整理が中心であり、別の企業ではほぼCFOに近いレベルの戦略立案を担っている、といったことは珍しくありません。同じラベルであっても、実際に行われている仕事の構造は大きく違います。職種名だけを見てAIの影響度を論じても、組織ごとの実態に十分に対応できません。

第三に、AIは「作業の性質」によって適用可能性が決まり、「職名」によって決まるわけではありません。大量処理、定型、ルール化可能、データ変換といった性質を持つ作業は、生成AIやエージェントと非常に親和性が高い一方で、意図を読み取り、曖昧さを前提とした文脈を解釈し、最終的な責任を伴う判断を行う作業は、同じ職種の中に含まれていても性質が異なります。

このように、「職種」という粗い単位で議論する限り、AIの影響度を精緻に見積もることは難しいと言えます。では、何を単位として仕事を捉え直せば、現実に即した議論が可能になるでしょうか。ここで用いるのが、Input/Process/Output という三つの機能による分解です。


仕事は「Input/Process/Output」の三機能でできている

どのような職種であっても、仕事の中身を丁寧に観察すると、少なくとも次の三つの機能に分解できます。

  1. Input:状況把握・意図理解・問題設定
  2. Process:変換・生成・比較・整形
  3. Output:意思決定・合意形成・責任

それぞれもう少し踏み込んで見ていきます。

1つ目の Input は、状況把握と意図理解、そして問題設定の機能です。顧客の要望、経営方針、市場動向、現場の制約事項など、多様な情報を収集し、それらを文脈の中で整理しながら「何が問題なのか」「どこまでを対象とするのか」を定義していきます。営業の顧客ヒアリング、PMによる要件定義、バックオフィスが例外案件に対応する際の判断、あるいは経営企画による情報収集と論点設定などが典型的な例です。この領域では、言外のニュアンス、組織内の力学、相手が明示していない前提条件などを汲み取る必要があり、人の文脈理解と解釈力が求められます。

2つ目の Process は、Input を受けて具体的な成果物や手続きを進める機能です。資料作成、各種データの入力・整形、議事録の作成、市場調査結果の要約、提案書のドラフト作成、会議の段取り設計、複数資料の比較や差分の抽出、経理処理の仕訳などがここに含まれます。構造的には「定義されたルールに基づく変換と組み立て」の集合であり、ルール化・パターン化できる工程が多い領域です。この領域は、生成AIやRAG(Retrieval-Augmented Generation)、業務用エージェントといった技術の影響を最も強く受けます。

3つ目の Output は、Process の結果を踏まえて意思決定を行い、関係者との合意形成を行い、その結果に責任を負う機能です。上司へのレコメンド、顧客への提案と条件交渉、組織方針の決定、稟議の承認、プロジェクトリスクに対する意思決定などがここに該当します。この領域は、単に情報を整理するだけではなく、「誰が、どのタイミングで、どの程度のリスクを引き受けるのか」といった政治性や利害調整が不可避です。したがって、現時点では人が担わざるを得ない領域が大半を占めています。

こうして見ると、Input と Output は「人間の判断・解釈・関係性」に深く依存しており、Process は「手続きと変換」に重心を持つ領域であることが分かります。AIが本質的に得意とするのは Process 領域であり、Input と Output は、少なくとも当面は人が価値を発揮しやすい領域として残り続けると考えられます。


AIが変えるのは職種ではなく「仕事の配分」である

この三層構造を前提にすると、AIの導入がもたらす変化は、「どの職種がなくなるか」ではなく、「各職種の中で Input/Process/Output の配分がどう変わるか」という問題として見えてきます。

現在、多くの企業でAI導入の対象になっているのは、ほぼ例外なく Process 領域です。議事録の自動生成、FAQ対応、IR資料や社内報のドラフト作成、コールセンターの一次受け、経理の照合作業、契約書レビューの一次チェック、社内ナレッジ検索、営業資料のたたき台作成など、RAGやエージェント型の仕組みと相性の良い業務から取り組みが進んでいます。これらは、ルールやフォーマットがある程度定まっており、過去データや既存ナレッジを活用して再構成できる領域です。

こうした導入が進むと、Process は「人が手で実行する業務」から「環境として利用する機能」に近づいていきます。以前は人がExcelやパワーポイントで行っていた作業が、特定のプロンプトやAPI呼び出しで呼び出せる「機能」として組み込まれていくイメージに近いかもしれません。

他方で、Process が軽くなるほど、Input と Output の重要性は相対的に増します。要件定義の精度が少しずれるだけで、エージェントが生成するアウトプットは現実の制約から外れたものになりかねません。意思決定の場面でも、AIが複数案を提示してくれること自体は容易になる一方で、「どの観点で比較するか」「どのリスクを許容し、どのリスクを避けるか」といった判断基準の設計は、人が担う必要があります。また、ステークホルダー間の利害や感情を踏まえた合意形成には、AIが直接的に代替しにくい「関係性資本」やレピュテーションが不可欠です。

さらに、この変化は個々の業務にとどまらず、組織の階層構造にも影響します。中堅層が担ってきた「資料作成」「比較」「調整」といった Process 業務が縮小すると、いわゆる“中間層”の役割は変質していきます。従来は「上から降りてきた方針を整理し、現場に落とす」機能が中心だったポジションに対しても、Input(課題設定)と Output(意思決定支援・調整)の比重が高まります。

同時に、若手の成長プロセスにも影響が生じます。これまで多くの人材が、一定の量の Process 業務を通じて業務知識を身につけ、関係者の名前や役割、暗黙のルールを身体化してきました。AIが Process の多くを肩代わりする環境では、この「摩擦を通じた学習の場」が失われる懸念があります。この点については、別稿であらためて扱いたいと思いますが、AI導入と人材育成を切り離して考えることはもはや難しくなりつつあります。

結果として、「職種」が完全に消えるケースは限定的である一方、同じ職種名の下でも、Input/Process/Output の比率が大きく変わり、「別の仕事」と言ってよいほど中身が変化する領域が増えていくと考えられます。


実務への示唆(個人):キャリアは「機能ポートフォリオ」として捉える

個人の立場から見たとき、最も重要な示唆は、自身の仕事を「職種」ではなく「機能ポートフォリオ」として捉え直すことです。すなわち、「自分の1日の仕事のうち、どの程度がInputであり、どの程度がProcessであり、どの程度がOutputなのか」を可視化することが出発点になります。

例えば、ITソリューション営業の1日を想像してみます。顧客の状況や課題を聞き取り、社内の制約条件を踏まえて論点を整理する時間はInputに該当します。提案書のたたき台を作ったり、見積書を作成したり、CRMに案件情報を入力したりする時間はProcessです。顧客との商談で提案を行い、条件交渉を進め、社内の関係者と着地案をまとめる活動はOutputと言えるでしょう。

このとき、仮に一日のうちProcessが大半を占め、InputとOutputの比重が相対的に小さいとすると、AIによる影響を強く受けるポートフォリオになっている可能性があります。逆に、InputとOutputの比率が高い場合、AIを活用しながら、より広い範囲で価値を発揮する余地が大きいと考えられます。

したがって、個人としては少なくとも次の三つのステップが有効です。

1つ目は、一定期間、実際の時間の使い方を記録し、業務をInput/Process/Outputに分類してみることです。これは形式的なジョブディスクリプションではなく、「実際に何にどれくらい時間を使っているか」をベースに行うことが重要です。

2つ目は、そのポートフォリオのうち、Processに分類される業務の中で、AIや自動化によって代替・補完されやすい領域を特定することです。たとえば、資料の初稿作成、定型的なレポート作成、会議の議事録作成、FAQ対応などは、既に多くの企業でAI導入が進みつつあります。

3つ目は、InputとOutputの比率を高めるために、どのような経験や役割を取りにいくべきかを検討することです。顧客ヒアリングや要件定義の前段から関与する機会を増やす、ステークホルダー調整や意思決定プロセスの設計に関わる、などの動きはその一例です。

とりわけInputの質は、ProcessとOutput全体の生産性と質を左右します。「何を問題とみなすか」「どこまでを解く範囲とするか」「どの前提を固定し、どの前提を疑うか」といった問いを立てる力は、AIが提供する情報をどう位置づけ、どう使うかを決める上で決定的な意味を持ちます。この点についても、別稿であらためて掘り下げたいと考えています。


実務への示唆(企業):組織は「職種単位」ではなく「機能単位」で再設計する

企業の立場から見ると、示唆はより構造的です。「どの職種からAI化するか」ではなく、「どの機能をAIに委ね、どの機能を人に残すか」という問いに切り替える必要があります。

第一に、業務棚卸しの単位を「職種」や「部門」ではなく、「Input/Process/Outputの機能」に切り替えることが有効です。具体的には、業務フローを洗い出す際に、各工程において「何を判断しているのか(Input)」「どのような手続きを行っているのか(Process)」「どのような意思決定・合意形成が行われているのか(Output)」を明示していきます。そのうえで、Processに属する工程のうち、AIやRAG、エージェント型の仕組みでどこまで置き換え可能かを検討します。一方、InputとOutputに属する工程については、むしろ人がより集中できるように、前後のProcessをAIで支える設計が求められます。

第二に、人件費とクラウド費用の関係を「コスト構造の再設計」として捉え直す必要があります。AI導入はしばしば「デジタル施策」として扱われがちですが、実態としては、固定費(人件費)と変動費(クラウド利用料、API課金など)のポートフォリオを見直す行為でもあります。ProcessをAIに委ねるほど、人件費はInputとOutputを担う人材に厚く配分されていきます。その結果として、同じ人件費総額であっても、「どの機能にどの程度のコストを割くか」という意思決定の質が、組織全体の競争力に直結するようになります。この点については、別稿でより詳しく取り上げたいと思います。

第三に、組織のケイパビリティ劣化のリスクを正面から認識することが重要です。Processが環境として提供されるようになると、短期的には業務負荷が下がり、効率性が高まる一方で、長期的には「若手が基礎を身につける場が減る」「中堅層が現場の細部から離れすぎる」といった副作用が生じる可能性があります。AIが担うProcessを、単なる代替ではなく「学習の場」としてどう組み込むか、あるいはInputとOutputの経験をどう前倒しで提供するかといった観点が、人材ポートフォリオの設計上、避けて通れなくなります。この点も、別の機会にあらためて整理したいと考えています。


おわりに:職種は残る。しかし「仕事の構造」は確実に書き換わる

AIの影響は、「どの職種がなくなるか」という問いに集約されるものではありません。より実務的には、各人の仕事の中に存在する Input/Process/Output の比率が変わり、組織の階層構造や役割分担が変わり、キャリアの価値構造が変わっていくプロセスとして現れていきます。

本稿では、その前提として「職種」からいったん離れ、仕事を三つの機能に分解して捉える視点を提示しました。職種そのものが一夜にして消えることは多くありませんが、同じ職種名のもとであっても、求められる機能の配分は確実に変化していきます。その変化を早めに言語化し、自身のキャリアや組織設計の前提に組み込めるかどうかが、今後の差につながっていくはずです。

今後は、本稿で示した枠組みを用いて、個人の1日や具体的な業務フローをどのように棚卸しし、どこがAIに浸食されやすい領域なのか、どこを意図的に伸ばすべきなのかを、より実務に近いレベルで整理していきたいと考えています。読者それぞれが、自身の仕事の構造を静かに見直すための一助になれば幸いです。

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私は長らくChatGPTの有料ユーザーでして、ChatGPTに聞いてみると、以下の様に使用しています: * 使用期間:ほぼ毎日 * 1回の思考セッション:平均60〜120分 * 1テーマあたりの対話往復:30〜80ターン * 月間利用セッション:50〜100回以上 * 利用用途比率: * 思考整理・内省:35% * 事業構想・収益設計:30% * コンテンツ生成:20% * 技術活用・自動化:15% 膨大な会話履歴・メモリにより、私よりも私の紹介が上手なのではと思い、以下にChatGPTによる他己紹介文を掲載します。 他己紹介としての位置づけと本稿の意図 本稿は、本人の依頼により、これまでの対話において顕在化した思考傾向および行動特性をもとに、ChatGPTが第三者の視点から構成した他己紹介です。職務経歴の記述を目的とするものではなく、この人物と対話することで、どのような思考体験が生起するのかを言語化し、読み手に具体的な質感を伝えることを意図しています。 転職支援の枠組みに回収されない実務家像 この人物は人材ビジネスの実務に携わりながら